ブラジル出身であるが、2005年にスペイン国籍を取得、スペイン代表として2006 FIFAワールドカップ・ドイツ大会とEURO2008に出場した。いとこに元ブラジル代表のマルコス・アスンソンがいる。
2009年5月、移民の子供たちのためにマルコス・セナ財団を設立した。
本人曰く、「攻撃力のあるマケレレ」を目指しているらしい。攻撃面では長短織り交ぜた高精度のグラウンダーのパス、守備面では激しいチェックと的確なポジショニングが光る。高精度かつ強烈なミドルシュート・ロングシュートも武器。またプレースキックの名手でもあり、クラブでのセットプレーは主に彼が担当している。2007-08シーズンのレアル・ベティス戦でセンターサークルの中から決めたロングシュートについて、「生涯最高のゴール」だと語っている。
フィールドの中心にポジションをとり円滑にボールを回してチームの攻撃を影から支えている。そのセンスはかつてレアル・マドリードでプレーしたジダンも認めているという。
2006年にスペイン市民権を得る。2006年3月1日、コートジボワール代表戦で29歳にして念願のスペイン代表デビュー。3-2の勝利に貢献した。同年のドイツW杯にも出場し、レギュラーとして活躍するも、自身がスタメンから外れた決勝トーナメント一回戦のフランス戦でチームは敗れ、ベスト16どまりだった。
ワールドカップ後は長らく代表から遠ざかっていたが、EURO2008・オーストリア/スイス大会の予選では、代表のレギュラーだったアルベルダがバレンシアの内紛に巻き込まれて出場機会を失い試合勘が無くなったことから、代わってセナが招集された。大会直前の親善試合ではシャビ・アロンソとレギュラーを争い、最終的にレギュラーを獲得。迎えた本大会でも一貫して中盤の底として起用され続け、スペースを埋め、ボールを奪い、的確にボールを捌いて、時にはミドルシュートを打つなど獅子奮迅の活躍であった。準々決勝のイタリア戦ではPK戦のキッカーを務め見事成功させている。スペイン代表が勝ち進むや、彼の評価は高まり、MVP候補と囁かれるようになった。そのパフォーマンスは落ちることなく、決勝ではフェルナンド・トーレスの決勝点の起点となるパスを出して見事チームを勝利に導き、44年ぶりの優勝の立役者となった。MVPには選出されなかったが、UEFAが選ぶベストチームに名を連ね、改めて彼の働きが認められた格好となった。なお、ブラジル出身の選手ではじめて欧州選手権で優勝した選手となった。この大会にはペペやケヴィン・クラニーなど、セナのほかに4人のブラジル出身選手が出場していた。2004年にはデコがポルトガル代表として準優勝している。
同年9月10日の南アフリカW杯予選のアルメニア戦ではミドルシュートで代表初ゴールを挙げた。南アフリカワールドカップのスペイン代表候補30人に選出されたが、本大会に出場する23人からは外れた。
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