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World Soccer Players No Football No Life
 
選手紹介  
ウェイン・ルーニー
 国籍  イングランド
 生年月日  1985/10/24
 ポジション  FW
 身長・体重  178cm86kg
 特徴  万能FW  守備

 
   






▼選手紹介▼プレースタイル


 イングランド人らしくないと言われるテクニック、またシュートの威力精度共に高く、イングランド代表では状況を察知してやや下りた位置で前線につなぐ。そして、イングランド代表でもクラブチームでもゴールを量産するストライカー。また守備でも前線から自陣奥深くまでボールを追い、激しいスライディングタックルで相手選手のボールを奪い取るプレーも魅力の1つである。
1985年10月24日にリヴァプール北東部に位置するクロクステスに生まれる。母親ジャネットの家の伝統に従い、長男として父親の名ウェインを名付けられた。家族は他に後から生まれるグレアムとジョンの2人の弟がいる。幼少の頃から地元の小さなクラブを複数渡り歩き、1994年に同市内に本拠地を置くエヴァートンFCに入団。

 エヴァートンが運営するアカデミーで英才教育を受けると、急速に早熟の才能を見せ始め、14歳を過ぎる頃には19歳以下のカテゴリーで主力級の活躍をするまでに成長。FAユースカップに出場すると8試合で8得点を記録し、2001-02シーズン終盤にトップチームに昇格。4月22日のサウサンプトンFC戦で登録メンバーに選ばれる。

 2002-03シーズン、8月17日の開幕戦に16歳と298日で先発出場しプレミアリーグデビュー。先制弾となるマーク・ペンブリッジの得点をアシストし、後半32分にグディソン・パークから拍手喝采を受けて交代。10月2日のリーグカップ、レックスハムAFC戦に先発出場すると2得点を挙げエヴァートンの最年少得点記録を塗り替える。前記録は1937年にトミー・ロートンが打ち立てた17歳と130日で、65年ぶりの記録更新となった。

 10月19日、無敗記録を31試合にまで伸ばしていたアーセナルFCとの試合に後半36分から途中出場すると、後半44分に決勝弾となる逆転ゴールを奪い、アーセナルの無敗記録に終止符を打つ。16歳と360日でのプレミアリーグ初得点となり当時のプレミアリーグ最年少得点記録を塗り替える。因みにこの時はまだプロ契約はしておらず、肩書は練習生となっている。
 BBC Sportによる2002年度の年間若手最優秀スポーツ選手に選ばれる。
 2003-04シーズン、先発の機会が増え26試合に先発出場。序盤は得点に伸び悩むも最終成績は34試合出場し9得点を記録。一方で監督デイヴィッド・モイーズとの関係が悪化し、幾つかの諸問題も絡んで退団を決意。2004年8月31日に最低保証金2,000万ポンド(出来高最大3,000万ポンド)、6年契約でマンチェスター・ユナイテッドFCに移籍。ブルー(エヴァートンプレイヤーの愛称)を自負していたルーニーだが、これによってエヴァートンのサポーターからは非難を受ける。


 2004-05シーズン、EURO2004準々決勝での怪我の影響によりシーズン開幕に出遅れるも、9月28日のUEFAチャンピオンズリーグ、オールド・トラッフォードでのフェネルバフチェSK戦に先発出場すると、ハットトリックの活躍でチームの勝利に貢献。10月24日、19歳の誕生日となるアーセナル戦で、再び無敗記録を49試合にまで伸ばしていたアーセナルをPKと終了間際の1得点で破り、記録をストップさせる。2005年5月21日、FAカップ決勝戦でアーセナルと対戦するもPK戦の末に惜敗。ルーニーはMVPを受賞。また今シーズンのPFA年間最優秀若手選手賞を受賞。

 2005-06シーズン、UEFAチャンピオンズリーグとFAカップでは早々に敗退するも、リーグカップでは決勝に駒を進め、2006年2月26日の優勝戦でウィガン・アスレティックFC相手に2得点を挙げチームの勝利に貢献。プロ契約を結んで初のタイトル獲得となった。プレミアリーグでは隆盛を極めていたジョゼ・モウリーニョ率いるチェルシーFCに終始勝ち点を引き離され、4月29日に迎えたスタンフォード・ブリッジでのチェルシー戦に出場するも、後半33分にパウロ・フェレイラのタックルを喰らい、右足第4中足骨ほか複数個所を骨折してシーズンを終える。ルーニーは36試合に出場し16得点そして2桁となる10アシストを記録。またPFA年間最優秀若手選手賞を2年連続で受賞し、1973-74シーズンから実施されて以来史上3人目となる複数回受賞者となった。

 2006-07シーズン、リーグに35試合出場し14得点13アシストを記録。若返りを図り無冠が続いたチームに4年ぶりのリーグ優勝を齎した。

 2007-08シーズン、背番号8を背番号10に変更。リーグを2連覇し、UEFAチャンピオンズリーグを優勝。

 2008-09シーズンは12月に行われたFIFAクラブワールドカップのガンバ大阪戦で2ゴール、LDUキト戦で決勝ゴールを挙げるなど3得点で得点王とMVPを獲得。プレミアリーグでもリーグ6位タイの12ゴールを挙げリーグ3連覇に貢献した。UEFAチャンピオンズリーグでは2年連続で決勝に進出したものの、準優勝に終わった。

 2009-10シーズン開幕戦で得点を挙げ、プレミアリーグ通算100得点を達成した。またウィガン戦でもゴールを決め、ユナイテッドでの公式戦100ゴールをマークした。しかしUEFAチャンピオンズリーグ準決勝1stレグのバイエルン・ミュンヘン戦で負傷し、ファーガソン監督は完治しないまま2ndレグでもルーニーを起用。チームはアウェーゴールの差で敗退し、自身の怪我も悪化してしまった。リーグ戦では31節までに26ゴールを記録していたが結局その後に1ゴールも決めることができず、得点王もチェルシーのディディエ・ドログバに譲った。

 2010-2011シーズンは開幕から出遅れ、一時は移籍願望を表明していたものの、直後の2010年10月22日に2015年まで契約を延長した。2011年2月12日のマンチェスター・シティとのホームでのダービーマッチにて、1-1の後半33分、右からのクロスに跳び上がってオーバーヘッドキック。ゴール右隅に蹴り込んだ。ファーガソン監督は「素晴らしいゴールは他にもあったが、見事さでは並ぶものがない」と絶賛し、ルーニーも「蹴った瞬間に自分の最高の得点になると分かった」と、自画自賛した。4月2日のウェストハム戦でハットトリックを挙げ、ユナイテッド移籍後のプレミアリーグ通算100得点を達成した。

 2003年2月12日にA代表に初招集され、2月17日のオーストラリア代表との親善試合で17歳と111日でA代表デビュー。マイケル・オーウェンの持つ18歳と59日での代表最年少出場記録を塗り替え、1897年にジェイムズ・プリンセップが打ち立てた17歳と253日での史上最年少出場記録も塗り替える。同年9月6日に行われたEURO2004予選、アウェーでのマケドニア戦で17歳と317日で初得点を決め、イングランド代表最年少得点記録を打ち立てる。

 2004年、ポルトガルで開催されたEURO2004のイングランド代表メンバーに選出される。第1戦目となる6月13日のフランス戦に先発出場。続くスイス戦にも先発出場すると、前半23分にヘディングでゴールネットを揺らし、本大会における最年少得点記録を塗り替える。後半30分にもゴールを決めチームの勝利に貢献した。グループリーグ最終戦となるクロアチア戦にも先発出場し、スイス戦に続き2得点を記録、同試合のMVPに輝く。チームはBグループを2位通過するも準々決勝、開催国ポルトガルの前にPK戦の末に6対5で敗退。ルーニーは前半30分に左足甲を骨折し、負傷交代した。

 2006年ドイツW杯、2005-06シーズン終盤に負った怪我の影響により6月10日の初戦に出遅れるも、6月15日のトリニダード・トバゴ戦に途中出場、6月20日のスウェーデン戦に先発出場し、無得点に終わるもチームは2勝1分でBグループを首位通過。マイケル・オーウェンの膝十字靭帯の断裂により、以後1トップに固定される。駒を進めた7月1日の準々決勝、EURO2004で敗退を喫したポルトガルとの試合で、後半17分にリカルド・カルヴァーリョの股間を踏みつけたとして主審オラシオ・エリソンドから退場処分を受ける。試合は延長戦まで持ち込まれ、チームはPK戦の末に3対1で敗退した。

 2010年 南アフリカ大会では、大会前のシーズンで自己最多26得点をあげたことや、10番を託されたこともあり大きな期待を寄せられたが、大会中は不振に悩まされ結局2大会連続無得点に終わった。

 2010年 南アフリカ大会のグループリーグアルジェリア戦 に引き分けた直後、ブーイングをしていたサポーターに対して「ブーイングしてくれてうれしいね。これが忠実なサポートというもんだ」と吐き捨てた。


 年々落ち着いてきている傾向にあるが、ピッチ上では短気なことで知られる。短慮な逆上による相手選手や審判団への暴言はしばしば騒がれる。
豪胆で荒々しい性格で知られるが、このように万能かつ極めて器用なプレイヤーであり、攻守に渡ってチームへの貢献度は高い。しかし、その抜群のアシストセンスゆえにストライカーとしてのエゴイズムには欠けると評されることもある。


 スポーツ選手だが喫煙者であり、酔っ払って屋外で喫煙し、さらにトイレではない場所で放尿したことをマスコミにスクープされた。この件で、コカコーラとのスポンサー契約を一時中断する事態になった。
コリーン夫人の妊娠中に21歳のコールガール(売春婦)と不倫関係が発覚し離婚の危機になった。関係はコリーンが息子のカイを出産する直前まで続いた。この騒動で、コカコーラのスポンサー契約を打ち切られた。



 









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