アルゼンチンのプリメーラ・ディビシオン最年少出場記録を持つ。2007 FIFA U-20ワールドカップでは得点王とMVPに輝き、2007年のFIFA世界最有望選手賞を獲得している。
小柄でスピードと俊敏性に優れるが、同時にフィジカルも強く簡単に当たり負けしない。高度なテクニックも併せ持ち、「神速」と呼ばれる加速力を活かした高速ドリブルを得意とし、同時に急激な方向転換やブレーキも可能で小刻みなタッチを混ぜたドリブル突破は特筆すべきレベルにある。インデペンディエンデ時代にはハーフラインから単独によるドリブル突破で強引に相手陣内に進入し、そこにいたDFを3回にも及ぶキックフェイントで切り替えしてシュートを決めて見せ、2007-2008年シーズンの対バルセロナ戦では[[プジョル]]を置き去りにした後、他のディフェンダーに囲まれるまでの一瞬の隙でシュートコースを見つけ鮮やかなゴールを決めてみせた。
下がり目のセカンドトップだけではなくセンターフォワードとしてもプレーすることが可能なのは、限られたスペースでもテクニックを駆使した突破が可能でシュートコースを瞬時に判断する力に優れているためである。こうしたスタイルが元ブラジル代表のロマーリオに擬えられることもある。
テクニカルで突破力に優れるが、それに溺れてエゴイズムに走らず味方へのアシストを選択する等利他的なメンタリティーも併せ持ち、クラブではフォルランと抜群のコンビネーションを見せている。
2010-11シーズン終了から3日後に、退団希望を自身のサイトで発表。ユヴェントスやレアル・マドリードなどが興味を抱いたが、2011年7月にマンチェスター・シティに移籍。移籍金は推定4500万ユーロで、5年契約を結んだ。
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